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課題研究日誌番外編:年越しまで

 こんばんは、igeta->hiroponです。今年も残すところあと2時間くらいとなりました。私は例年通りに掃除を済ませ、年越し蕎麦を食し、年末特番を見ていました。今年は私は普段であれば目も向けないある番組に20時30分まで注目しました。紅白歌合戦です。

 時は遡ること11月23日、私は池袋東口のジュンク堂書店へ本を買いに出て、家に帰れば、ちょうど紅白出場陣の発表をしていました。ただ、紅白歌合戦にあまり興味がない私は、すぐに自室に戻り勉強を始めました。すると、程無くして妹が興奮した様子で、

 「水樹奈々さんが紅白歌合戦に出場する」

 何て言うものだから何事かとは思いましたが、事実と確認されたら私も大騒ぎしました。それくらいびっくりする出来事でした。

 さて、水樹奈々さん(以下、奈々さん)と言えば、本職は声優ですが、歌手でもあります。しかし、奈々さんが日本国民全体で見たときの知名度は、SMAPや同じ赤組のTOKIO等と比べたら流石にスケールが違いすぎますが、少なくともそれほど知名度は高くはないでしょう。ですから、「誰?」なんて声があったとは言います。しかし、そっち方面の人達からすれば奈々さんの知名度はかなり高いものになります。文化放送(1134[kHz])で放送されている奈々さんのラジオ番組「水樹奈々 スマイルギャング」では、リスナーから祝福するお便りやメールがたくさん届いていました。私はその時傍聴者でしたが、祝福できる術があれば祝福していたでしょう。奈々さん自信もラジオ番組の中でかなり興奮している感じでした。

 さて、20時00分過ぎくらいでしょうか。赤組の歌手として、奈々さんが夏に出した「深愛」を歌いました。白い衣装で、思わず本当に赤組かと疑ってしまいそうになりましたが、それは関係なしに、奈々さんの歌声を聞き、鳥肌がたつほど興奮しました。果たして来年はまた声優さんが奈々さんみたいに紅白の舞台で歌うでしょうか。

 さて、ガキつかは例によりガースー黒光りネタで笑えずに過ごす、ドラえもんの大晦日スペシャル、アンビリバボーは今年はなかなか面白いことやって、まあ、毎年恒例ですね。

 課題研究日誌番外編は課題研究日誌の配信に伴いスタートしました。今年の配信は今回をもって終了します。来年は1月1日1時00分に配信します。

課題研究日誌番外編:年越しの準備

 こんばんは、igeta->hiroponです。今年も残すところ今日と明日の2日きり、年越しに向けて着々と準備が進みます。

 大掃除と言えば、大晦日にする事というイメージがありますが、日をかけて少しずつするのがうちのルールみたいなものであり、1週間以上前より開始しました。本日もやはり少しずつ掃除をして、家の大部分は完了しています。また、年越しの買い出しも済ませ、あとは25時間位まで迫った越年の瞬間を待つのみです。

 さて、本日はチームメンバーのDの誕生日でした。日付が変わる瞬間にメールを送信しました。10時間ほどして返信。ありがとうという言葉と、ゆっくり休んで、という労いでした。なんか嬉しかったですね。祝う側が何故か。さて、これでチームメンバー全員18歳になりました。少しはチーム内の雰囲気は変わるでしょうか。

課題研究日誌番外編:2009年のまとめ4「総まとめ」

 こんばんは、igeta->hiropon(旧igeta)です。この出だしは12月13日の復活時以来です。今年も残すところ今日と明日の2日きり、振り返りの記事もいよいよ最終回、月毎に出来事をまとめたいと思います。


・1月

 6日に葛西臨海公園で受賞作品を撮影する。(駅前、公園入口の噴水、背後に汚いもの(正体は撮影1周年の年明けた1月6日に証します。)が写ったが受賞)


・2月
  
 20日に葛西臨海公園の写真が受賞したことを知る。
 弟の高校受験で家中バタバタに。


・3月

 ひな祭りの頃に虫歯が痛み出す。
 29日に東広島から引っ越して6年目に突入。


・4月

 進級し、3年生に。進路も真面目に考える。
 19日にITパスポート試験受験、微妙な手応えの中にも確かな自信あり。翌日の自己採点で合格を確信。


・5月

 2日に救急車が来る騒ぎ。近所中の注目を浴びることに。
 眼鏡を作ったら一度もかける前に見えなくなる。
 26日にITパスポート試験の合格を確認。初となる国家資格取得へ。


・6月

 14日に英検準2級1次試験受験。筆記は自信なしだが、リスニングはもはや確かめる手段なし。手応え微妙。しかし、10日後には1次合格を確認。


・7月
 
 4日に英検準2級の2次試験受験。1次と違い、確かな手応え。そして取得へ。
 19日に電気通信大学のオープンキャンパス参加、受験を決意。


・8月

 27日に東京大学医学部附属病院眼科にて、円錐角膜の検査、異常なし。
 PLに加入。(igeta:旧名)


・9月

 課題研究作業開始に伴い課題研究日誌の記帳開始。
 弟が秋葉原で頂いてきた新型インフルエンザで家中大パニック


10月
 
 3〜4日に文化祭決行。インフルエンザの影響で一般公開の決行が危ぶまれるが、なんとかこぎ着けた。
 8日、台風上陸。しかし、休校とならず。
 英検2級1次試験受験。
 末日にPL退会(igeta)。

・11月

 英検2級の1次試験が不合格であることが発覚。
 電気通信大学推薦入試受験。手応えを全く感じられず。不合格確認。


・12月

 13日にPL再加入(igeta->hiropon:現名)。
 誕生日目前に椎間板ヘルニア発症。
 21日に誕生日を迎え、18歳となる。



 そして、現在に至ります。これが私の1年でした。来年は良いことは2倍に、悪いことは半分に、なんてなんないかな。

課題研究日誌番外編:2009年のまとめ3「病気の面において」

 こんばんは、igeta->hiroponです。今年もあとわずかになりにけり、今年をあらゆる角度から振り返る記事も今度は私が1年の間にした病気などについて振り返り、実に不健康であったことを反省したいと思います。

 病気の面において、次のことを取り上げます。

 ・3月始めに発覚した左上段奥歯の虫歯
 ・5月のGW始めに転倒して頭負傷
 ・8月の円錐角膜の疑い
 ・9月シルバーウィークの弟新型インフルエンザ
 ・12月誕生日目前の椎間板ヘルニア

 あと、一昨年の出来事ですが、陥入爪の手術と、左手薬指第2関節剥離骨折についても触れたいと思います。

 さて、最初に取り上げるは虫歯ですが、これは昨年12月にすでに治療していた箇所が不完全で神経まで到達してしまった、というものです。普通の虫歯は奥歯の場合、歯の真上から穿孔しますが、この虫歯はなんと、歯の側面より穿孔していたのです。学校の歯科検診では勿論、歯医者に見せてもしょっちゅう見落とされる私の虫歯が最初に分かったのが実に小学生のころ。しかし、その時はただ歯の側面に穴が空いているくらいで特に気にも止めず、放置すること凡そ5年、歯医者に定期検診に訪れた際に、発見されました。その時の歯科医の言い分は、
 
 「場所がややこしくて分かりにくかった」

です。常識はずれの場所に穿孔していればさすがに発見しずらいでしょう。
 さて、治療はその穴を少し削る程度でした。しかし、2〜3回くらいの通院を要しました。
 さて、年明けた今年3月はひな祭りのころに...
水を飲んだら件の場所がマンガによくある「ピキーン」という擬音語がぴったりな痛みかたをし、まともに食事もとれず、直ぐに歯医者に駆け込むと、詳しいことは忘れてしまいましたが、とにかく悲惨な状況になっているというわけで、上から歯を削り、神経を殺し、詰め物をするという、大治療が展開されました。有無を問わさずに麻酔が投与され、喉の表面まで軽く表面麻酔され、あの歯科用ドリルがあの表現し難い悲惨な音をたてて私の歯を削ります。生きた心地がしないとはこの事を言うのかと、感じていたら、歯の削除が完了し、少し間を開けてから殺神経治療に取りかかり、仮詰めをし、初回が終了。その後、4月2週目までかけて歯を治療しました。その間に、歯に表現し難い位の痛みを覚え、ぜんそくがあり、痛み止めを服用すると発作が出る私が、痛み止めを飲まざるを得ない状態に。もう二度と経験したくありません。

 今度は虫歯から1ヵ月もしないうちに、階段から転げ落ち、頭を割り、救急車で病院送りになりました。病院では、脳神経外科医の手で頭にステープラー十発の処置と、血まみれの頭(髪の毛)を洗い、その後でCT検査と、頭部レントゲン撮影をし、脳と頭蓋骨には異常無きことを確認しました。それはGWも5月の始め、2日の出来事でした。GW明けて学校へ行けば、突っ込んでくるのは全員先生。頭にガーゼあてがっていたら流石に突っ込まれました。しかし、やり取りを全て見ていたクラスメートは最後の方には授業を中断して聞くその先生の反応にうんざりしていました。頭の針は怪我した週の翌々週にはとることができました。

 さて、頭の怪我から2週間くらいして、私は新たに眼鏡を作りました。しかし、作った眼鏡を引き取りに行った際にかけてみて左だけ見えないという不調をきたし、かけていれば頭痛を起こすまでになり、1ヵ月後に再度眼鏡屋で屈折度検査をしたら、左の乱視の屈折度が、1ヵ月前の-2.25[d]から-3.25[d]まで落っこちて、なんじゃこりゃとしか言えず、病的なものを疑い、8月にようやく地元の眼科を受診し、診察前の検査では、以前ほどではないにしろ、悪いことには変わらず、いざ先生の診察が始まり、角膜の変形を指摘され、「円錐角膜」の疑いをかけられました。私はその後に図書館で医学書を参照し、ことの重大性を悟らされ、翌々日には東京大学医学部附属病院の紹介状を作成してもらい、夏休みの課題も仕上げた8月27日に東大病院へ行きました。
 散々待たされた後に先生に呼ばれて入り、診察を受けたら、やはりその時は円錐角膜を疑いました。しかし、その後で視力検査をしたら事は一転し、円錐角膜ではない可能性が出てきて、角膜形状解析装置による検査で、円錐角膜は否定されました。しかし、つい先日、作り直した眼鏡が早速見えなくなり、また、半年くらいしたら見せてくれと言われたことなどを総合すればまだ私は疑われているのでしょうか。3月でほぼ半年になりますから、それくらいで、もう一度検査をしたいと思います。

 夏休みが終わり、9月のシルバーウィーク前に、弟が横浜へ遠足に出掛けました。何でも、来年の修学旅行の集合訓練を兼ねているとのことで、最初は東京駅へ、そして、東海道本線で横浜へいったわけです。余談ですが、私も昨年GW中にやはり修学旅行の集合訓練を兼ねて、羽田空港へ集合した後に京浜急行線で横浜へ出掛けました。
閑話休題、弟はその帰りに京浜東北線で秋葉原へ寄ったと言います。その翌日、怪しい咳をしているわけです。夜になって検温すれば、38.0[℃]の高熱、急な発熱に嫌な予感がしましたが、それは杞憂に終わってほしいと願いました。しかし、翌日に、頭の時の病院でインフルエンザA型と診断されました。そして、付き添いの父に

 「今のA型はほとんど新型だと思ってください」

と言ったそうです。そして父は私に、

 「次はお前の番だ」

と言い放ちました。実は私はその前の晩、即ち発症した日に思い切り咳をふっかけられ、間違いなく感染しました。つまり、潜伏期間が過ぎれば、4〜5日の間には発症するだろう、というわけです。さて、歯の話で書きましたが、私は、基礎疾患として、ぜんそくがあります。つまり、発症すれば、高い確率で重症化し、下手すりゃ死んでましたから、シルバーウィーク終了してから何事もないことには本当に喜びを感じました。

 今年最後の病気は、椎間板ヘルニアでしょうか。実は笑えるような動作が原因なんです。重さ実に約10[kg]の米袋を持ち上げただけなんです。最初は単なるぎっくり腰かと考えましたが、立っていようが座っていようが寝ていようがひたすら痛いんです。ベッドの上で寝転がりながら痛みと戦っていた時分にこんなメールを友人に送りつけました。

Subject:HELP
本文:腰が痛い...(>_<)
   ぎっくり腰通り越して椎間板ヘルニアかもしれない


 無論返ってきたのは心配です、という趣旨のメッセージでした。

見かねた父親が、椎間板ヘルニアを疑い、いくらかテストをしました。お風呂に入って痛みが和らぐとか、骨盤を足の方へ押し下げて同様に痛みが和らぐとか、椎間板ヘルニア用のコルセットをして、痛みが和らいだ時にはもはやヘルニア以外を疑うことができずに、えらいショックでした。今は痛みは落ち着いていますが、果たしていつまた痛くなるかと考えた時分にはビクビクします。

 さて、今年の私の怪我や病気については以上ですが、これまで、私はこれらくらいに大きい怪我や病気をしたことがありましたので、特に2つほど、紹介します。

 ・体育の体力テスト中にハンドボールで突き指通り越して骨折

 それは2007年はまだ入学して1ヵ月もしないうちに、この事故は起こりました。その日、ハンドボール投げの測定が行われていました。肩慣らしのために投げ合いをしていました。そして、相手の投げた球を受け取ろうとして、左手薬指にあたり、突き指みたいになりました。その時点ではまだ指は、曲げ伸ばしができていました。しかし、時間が経つにつれ、指が曲がらなくなり、保健室へ。その後タクシーで帰宅し、頭の時の病院へ行きました。整形外科の先生に診てもらった後に左手のレントゲン撮影をし、現像された画像を見た先生が告げた病名は

 「左手薬指第2関節剥離骨折」

でした。人生初の骨折でした。全治3週間でしたが、固定具がついた指は本当に鬱陶しく、早いとことりたいと考えていました。
 更に、弊害としては、通院治療を通じて風邪を引いたということです。頭の時の病院というのは、もうお分かりだろうとは存じ上げますが、総合病院なんです。内科の患者から風邪をもらいました。折しも、前期中間考査(高校生最初のテスト)の期間中で、休むわけにもいかず、気管支炎を併発してフラフラのなか、更にはチアノーゼが出るなか、テストを受験しました。あれは辛かったです。また、これのせいで固定具をはずすタイミングがずれ、結果、全治1ヵ月半に延びてしまいました。

 ・左足拇趾陥入爪の手術

 これは、2006年秋より左足の親指の爪付近が化膿してきて、陥入爪ということで、消毒をし経過観察をしてきたものでしたが、とうとう耐えに耐えきれず、手術に踏み切った、というものです。術式はこうです。

 「爪の付け根付近を数ミリ切開し、爪を作る組織を削り取り、更にその範囲の爪を切除する」

 というもので、軽い内容なので当然日帰り、麻酔も親指の付け根の神経ブロック麻酔で行われることになりました。施術日は7月24日、執刀医は整形外科の先生です。普通爪は形成外科の領域なのだそうで、陥入爪も調べれば大概が形成外科でヒットします。しかし、そこの病院だけは整形外科が受け持っていました。
 夏休み直前には術前検査として、血液検査をして、手術に挑みました。
 当時、朝一番の手術だということで、病院に着いたらすぐに外来手術室へ案内され、リストバンドと頭には例により髪の毛を覆う帽子を被ります。程無くして執刀医がやって来て、すぐに麻酔がかけられ、まずは爪の切除から始まりました。しかし、麻酔の効き目が弱く、多少の痛みと、爪を強引に切り取ろうとする振動が足づたいに全身に響き渡り、なんともいい気持ちがしませんでした。
 それが終わると次は爪を作る組織を削り取る段階ですが、前述の通り、麻酔が強く効いておらず、メスが入ると、なんとも言えない鈍い痛みを感じ、その後、組織を削る「ガリガリ」という音がプラスされ、足からは例により振動と痛みと蛇の生殺しみたいな30分でした。
 手術が終了してから、麻酔が切れた瞬間より、歩けないくらいの痛みを感じ、それこそどうしたものかと思いました。翌日には消毒のため来院し、傷を見れば切り取った部分の爪はきれいさっぱり無くなっていました。その後10日くらいでは抜糸ができ、再発などはいまだにしていません。

 これで終わりますが、来年は無病息災な1年でありたいです。

課題研究日誌番外編:2009年のまとめ2「勉学など」

 こんばんは、igeta->hiroponです。今年もあとわずかになり、今年を振り替える意味合いで、このような記事を書いています。その2回目は、私の勉強について、記します。

 1月、私は、今年新たにスタートした「ITパスポート試験」の申し込みをしました。これは、ここまで資格について、学校で取得した「情報技術検定2級」と個人受験した「実用英語技能検定(英検)3級」しかなく、また、国家資格が欲しいなと考え、5100円と受験料は高めでしたが、受かればそれ以上のリターンを得られると言うわけで、インターネットから申し込み、勉強はその後に始めました。以前、初級システムアドミニストレータ試験を受験したいと考え、本を買って多少の勉強をしていたのでそこそこ理解は出来ていましたが、シスアドと比較して、ITパスポートは範囲が広がったため、それ以上の知識が必要で、結局本を買いました。しかし、初回試験前の本だけに例題はほとんどシスアドの過去問や、シラバスの例題だったりして、不安はありました。

 2月、学校で習っていたC言語もいよいよ大詰め、「ポインタ」の授業に入り、原則出席のはずの写真部の写真展(総まとめの際に記述します)の搬入をそっちのけて授業に参加したほどでした。さて、例により以下にその授業内での例題を記します。

/*

Q2.現在の時刻を取得して、

 2008年2月19日(木)

 のように表示するプログラムを作成せよ。

/



#include #include int main(void) { time_t now; struct tm *t; char wday[7][3] = {"日","月","火","水","木","金","土"}; time(&now); t = localtime(&now); printf("%d年%2d月%2d日",t->tm_year + 1900,t->tm_month + 1,t->tm_mday); printf("(%s)\n",wday[t->tm_wday]); return 0; }  さて、2年の私の成績は、体育を除き、全て4か5という、自分でも、優等生ではないかなと言える成績で、評定平均は4.5でした。ところで、中高生で100点てとったことありますか?私はハードウェア技術のCASL‖のプログラミングのテストで100点をとり、周囲共々びっくりしました。その先生の教科はその前後で満点を叩き出した人はいませんでした。  3年になり、いよいよ、受験に向けて数学、物理、英語、古典の授業を選択し、励んできました。また、4月の第3日曜日には前述のITパスポート試験があり、赤羽まで行ってきました。1ヶ月後に合格が判明し、7月夏休み前の集会時には全校生徒の前で表彰されました。  さて、3年になり、今まで得意だったはずの英語においてスランプに陥り、大いに悩みました。また、苦手な数学を受講したことにより、成績は4.1まで落っこちました。しかし、今はそれを4.5に戻すべく努力中です。  そして、今年は2回、英検を受験しました。1回目は準2級を今年度1回目に、高校中級レベルの英語は筆記こそ怪しかれど、ヒアリングでは満点に近い点数を出し、堂々の合格。しかし、2回目は2級を今年度2回目に受験し、4点足りず、1次試験で不合格となってしまいました。大学に入ってから再度チャレンジしたいです。  また、大学の推薦は通らず、来年はセンター試験を受験します。その為、当たり前ではありますが、年末年始も勉強です。最近は、赤点をとった数|の2次関数を微分して、接線の傾きから頂点の座標やy切辺などを求めることに成功しました。3次関数の求め方と同じ要領です。  さて、来年には高校生活総まとめのテストや課題研究の発表などがあります。高校の通知表も来年が最後です。2007年に入学したときからずいぶんと経ったものだなと考えます。

課題研究日誌番外編:2009年のまとめ1「アニメ」

 こんにちは、igeta->hiroponです。今年もあとわずかになりまして、私が感じたことなど、この2009年のまとめなど記します。その第1回目は「アニメ」です。

 2009年の1月、テレビ東京日曜25:30〜の桜庭アワーの2作目「みなみけ〜おかえり〜」が放送開始しました。(1作目は今日の5の2)また、前年中にスタートした「とらドラ!」も2クール目に突入し、他のアニメについても映画化したりとやはり動きは活発でした。

 4月より年度が変わり、これを抜きにしてはアニメを語れないであろう作品「けいおん!」が放送開始しました。製作所が京都アニメーションだからか、主要登場人物が全員女の子だからか、果たして何が要因だか、爆発的に流行しました。何がどうなっているのか、学校においても、「うんたん」が流行ったり、アニメ放送日の翌日は話題がけいおん一色だったり、秋葉原へ出てみると、アニメとは無縁そうな電器店の店頭で商品のポータブルDVDプレーヤーでけいおん流してるし、何処からともなく「萌え萌えキュン」と聞こえてくるし、この時分にはもはや革命を起こしたなとしか思えませんでした。けいおん自体の放送は既に終わっていますが、けいおんフィーバーの波はまだ押し寄せます。
 また、同時期に、「涼宮ハルヒの憂鬱」が再放送+新たなストーリー放送と、2006年に見れていなかったぶんには大いに楽しませていただきました。

 さて、7月以降、前述のけいおんが終わり、どうしたものかと考えていたら何と、まんがタイムきららの主要作品がいっぺんに2作品もアニメ放送開始していたんですよね。1つは、「かなめも」です。舞台はお茶ノ水周辺ですかね。千代田区、文京区周辺の割りと見覚えある風景に、「聖地巡礼」に出たくなりましたね。その内1箇所(湯島天神脇の女坂)は行ってきました。また、もう1つが、「GA〜芸術科アートデザインクラス〜」です。美術系の作品には、更に「ひだまりスケッチ」がありますが、そちらとはまた違った意味でゆったりとした雰囲気に癒されました。こちらはつくばエクスプレスが出てきてるのでやはり関東近郊が舞台とにらみ、いつかは聖地巡礼へ出たいと思いますが、今は勉強です。受験の。
 この時期のアニメでは私の行動に物凄い影響を与えた作品があります。それが「宙のまにまに」でして、伊豆で見た星空を思い出すだけでなく、多少の天体写真を撮らせるまでに影響を与えました。更に言えば、ヒロインの父親のお墓参りへ出るお話のいくつかのシーンに朝霞台/北朝霞駅ロータリーとおぼしき風景が出てきたのは驚き、実際に確認に出た程でした。
 4月より2クールで放送をしてきた「ハヤテのごとく!!」もこの時期にいよいよ話が面白くなり、これから更に面白くなるぞ、と思っていたら終わってしまったのにはがっかりです。

 10月になり、4月に1クールで放送していた「夏のあらし!」の第2期、「夏のあらし! 春夏冬中」がスタートしました。実際、第1期の作品がちゃんと見れてなかったぶんにはこちらはしっかりと見させていただきました。そして、igeta時代に私が触れた「ミラクルトレイン☆」がスタート。しかし、今になっても不満なのは、ドアチャイムは2通り存在するのだから使い分けろという点、ドアチャイムの音量大き過ぎだというてんです。
 その他にも、「けんぷファー」、「にゃんこい」、「流星の双子」、「生徒会の一存」、「ささめきこと」などたくさんの作品をこの時期には見ました。また、「とある魔術の禁断目録」のスピンオフ作品「とある科学の超電磁砲」と、「テガミバチ」は来年1月〜3月の4クール枠への続投が決定しています。

 さて、アニメの面では激動の1年でした。また来年の1月から、まんがタイムきららの主要作品の1つ「ひだまりスケッチ」のアニメ第3期「ひだまりスケッチ☆☆☆」(ほしみっつ)がスタートします。更に、「はなまる幼稚園」という幼稚園児対保母さんの恋の物語が夏のあらし! 春夏冬中のあとに始まります。勉強しなければならないはずなのですが、息抜き程度には大丈夫かなと考えます。

 そしたら。

課題研究日誌番外編:今年も残り

 こんばんは、igeta->hiroponです。誕生日クリスマスも過ぎて今年もあと5日となりました。

 誕生日直前の記事にも書きましたが、歳をとる毎に1年が過ぎる体感速度が速くなるとは言います。私はつい6日くらい前に18歳になりまして、私の場合、その体感速度は1/18[単位不明]になります。少数で表すと、0.05555555555...[単位不明]となります。まあ、何にしてもとにかく値が小さくなるわけで。

 今の(午前0時12分)ラジオを聞いて田村ゆかりさんが口にする、ボンネビルレコードって何なんでしょう?何か世界のの3人に1人はボンネビルレコードらしいです。

 ところで、来年、ひだまりスケッチ☆☆☆(ほしみっつ)が放送開始になります。実は私はひだまりスケッチ×365から見始めましたが、ほのぼの系のストーリーを好む私にとって、グッズを買うほどはまりました。まんがタイムきらら系列の作品は基本4コマで女の子中心、年齢も近い場合がほとんどで、中毒になるくらいのめり込むわけです。また書きますが、今年はまんがタイムきららの主要4作品

{(ひだまりスケッチ:蒼樹うめ、
かなめも:石見翔子、
けいおん!:かきふらい、
GA〜芸術科アートデザインクラス〜:きゆづきさとこ)}

のうち、3作品がアニメ化されて、勉強しなければならないはずなのに、すべて見いってしまい、更にギリギリまでひだまりを見ようと言うお話です。また、「はなまる幼稚園」という作品が同時に始まりますが、これにもしはまったら、もはや犯罪者ですよ。
 
 この中毒の治療法は無いものですかね。

課題研究日誌番外編:副都心線

 こんばんは、igeta->hiroponです。何故かこんな話がしたくなったのでします、的なノリでこの記事を書いてしまいますから見たくなければそのままブラウザごと閉じてしまってください。

 今回は、東京で最も新しい地下鉄、「副都心線」のお話をしましょう。


 ・副都心線とは

 副都心線とは、埼玉県和光市にある和光市駅を起点とし、東京都渋谷区にある渋谷駅を終点とする東京地下鉄保有の地下鉄道路線で、途中、板橋区、練馬区、豊島区、新宿区を通過します。車両は10両ないしは8両編成で、4ドア20[m]の電車が使われ、ワンマン運転の支援装置(ホーム監視装置やATO等)が搭載されています。副都心線は小竹向原〜渋谷でワンマン運転を行い、また、全線で急行列車の運転を行います。和光市で東武東上線に、小竹向原で西武有楽町線経由で西武池袋線にそれぞれ直通運転を行います。(東武東上線は川越市まで、西武池袋線は飯能まで)また、和光市〜小竹向原間では有楽町線と路線構造体(トンネル、線路、架線、駅構造体)を共有し、小竹向原〜池袋間では、有楽町線と並走します。これにより、副都心線の営業キロ数は小竹向原〜渋谷の11.9[km]になります。

 ・副都心線の歴史

 そもそも副都心線は、1994年に有楽町線小竹向原〜池袋間の複々線として、西武有楽町線の練馬〜新桜台間の開業と同時に開業しました。更に話を遡ること昭和年代に有楽町線の営団成増(現.地下鉄成増)〜池袋間のトンネル掘削時に、副都心線用のトンネルもその下に駅ごと掘っており、完成時には小竹向原で合流する構造は既に出来上がっていた状態にあったと言います。しかし、線路敷設のみが未完でありました。そのトンネルが有楽町線新線として開業するに辺り、線路を敷き、路線上に池袋駅舎を新たに工事した、というわけですが、中間にある千川駅と要町駅はこの時点では、ホームの基礎が存在するだけで、当時は使用されていませんでした。この状態は2008年06月13日まで続きました。
 2001年に副都心線の事業免許を取得して、明治通り下のトンネル掘削が始まりました。しかし、そこから、数回にわたる開業日延長があり、結局工事開始から7年後にやっと開業した、という感じです。ちなみに、「副都心線」という名称は開業1年半前の2007年1月には決まっていました。それまでは、計画上の路線名である「13号線」という名称が用いられました。

 ・副都心線開業に向けて

 2006年、副都心線開業に向けて新たな動きがありました。新型車両「10000系」が導入されたのです。10000系は当時、13号線用の電車として、10連×20編成が導入される予定でした。しかし、とある理由から最終的な導入本数は10連×35編成となりました。この理由については、2つありますが、それぞれ後述します。
 2007年の後半頃より、駅舎部分の工事がいよいよ始まりました。ワンマン運転を行うため、ホームにはホームドアが設けられました。そのうち小竹向原と新線池袋(現.池袋)でもホームドア設置工事が始まり、ホームではホームドアが日に日に組み立てられていく様子が伺えました。しかし、これが、有楽町線を走っていたある編成を有楽町線から締め出す原因になってしまいました。そのある編成こそ、現在は東西線へ移籍してしまった「07系」です。07系は車両のドアとドアの間が均一ではなく、ホームドア不適合となってしまったからです。現在、有楽町線とは言えど、副都心線の一部でもある小竹向原には全てのホーム(2面4線なので4つある)にホームドアが設置されています。ホームドア不適合の車両はもはやこの路線で営業運転なんてできるはずがありません。ですから、07系は小竹向原にホームドアが設置されてからしばらく、休車扱いされたのち、改造を受け、甲種回送で東西線へ転籍しました。まず、これがきっかけで10000系を増備することになりました。
 また、東急東横線と直通運転を行う事が決まった際、東急側が「各駅停車停車駅のみホームの延長を行わない」(東急東横線は20[m]車両×8編成で運行している)としたため、各駅停車用に新たに8両編成の電車を用意する必要がありました。そこで、有楽町線の主力電車7000系の半分弱(15編成/34編成)を8両用に改造をし、また、9編成残し10編成を廃車にすることを決定しました。これも、10000系増備のきっかけになっています。しかし、現在は東急側は目下、代官山〜渋谷のトンネル掘削中にあり、相直実現は2012年になる予定です。気が遠くなりそうです。

 ・副都心線開業後数日

 2008年06月14日、東京の13番目の、東京メトロの9番目の地下鉄として、副都心線は開業しました。新たな路線は利用者の期待がかかりましたが、それを裏切るような出来事が相次ぎました。
 早速、列車混雑で遅れが出てしまい、並走区間では有楽町線にも影響が及んでしまいました。奇しくもこの日に合わせて有楽町線も和光市〜池袋間で準急列車の運行を開始しましたが、そちらにも影響が及び、丁度乗っていたら、氷川台通過した辺りで列車が停車するというアクシデントが発生しました。
 また、ATO(Automatic Train Oparation:自動列車運転装置)のプログラムが不完全で停車位置修正(ホームドアがあるせいで許容範囲が極端に狭く、それを越えて停止するか、それより遥か手前に停止した際に前進するか後退するかして正確な位置にあわせる、3度程遭遇したことがある)が多発し、その分の時間をロスするトラブルが発生しました。
 極め付けは、池袋駅構内で発煙するトラブルがあり、一時副都心線だけではなく有楽町線すらも全線運転見合わせという事態に陥ったこともありました。この様に副都心線でトラブルがあれば有楽町線にも連鎖的に影響が及びます。これらの件について、半蔵門線での車両火災事故と併せて関東運輸局より警告を受けました。

 ・副都心線の今後

 現在、東急東横線乗り入れの準備が進行しています。渋谷駅は現在2面4線のホームのうち、外側2線を使用し、真ん中2線については渡り通路を設けて外側同士を繋げています。しかし、渡り通路は東横線が貫通してくれば取り払われます。そして、乗り入れは、メトロ(S)、西武(M)、東武(T)、東急(K)と横浜高速鉄道の5社になりかなりバラエティに富んだラインナップになります。そして、埼玉県比企郡にある森林公園から、埼玉県飯能市にある飯能から、神奈川県横浜市の元町・中華街まで一直線に繋がります。しかし、これが恐ろしい連鎖反応を生むことになります。

 ・恐ろしい連鎖反応

 先日、有楽町線辰巳で発煙事故が発生し、有楽町線全線と副都心線全線で運転見合わせになりました。有楽町線と副都心線が交わる小竹向原からはかなり離れた距離にある辰巳で事故があっても副都心線に影響が及びました。これは、副都心線で大規模なトラブルが発生すれば、大規模な連鎖反応が起こることを示唆しています。
 以下に副都心線トラブル発生時に影響が及ぶ路線を挙げます。

 ・副都心線(東京メトロ、本体)
 ・有楽町線(東京メトロ、並走区間あり)
 ・東武東上線(東武鉄道、直通運転あり)
 ・西武池袋線(西武鉄道、直通運転あり)
 ・東急東横線(東京急行電鉄、直通運転あり)
 ・みなとみらい線(横浜高速鉄道、直通運転あり)
 ・日比谷線(東京メトロ、直通運転先との直通運転あり)
 ・東急目黒線(東京急行電鉄、直通先と接点あり)
 ・南北線(東京メトロ、直通先と接点あり)
 ・都営三田線(東京都交通局、直通先と接点あり)
 ・埼玉高速鉄道線(埼玉高速鉄道、直通先と接点あり)
 ・東武伊勢崎線(東武鉄道、直通先の直通先と接点あり)
 ・東武日光線(東武鉄道、直通先の直通先と接点あり)
 ・半蔵門線(東京メトロ、直通先の直通先と接点あり)
 ・東急田園都市線(東京急行電鉄、直通先の直通先と接点あり)
 ・東急大井町線(東京急行電鉄、直通先の直通先と接点あり)

とまあ、ざっとこれだけです。身の毛もよだつ程の規模だと思いませんか?

 ・最後に

 いろんなことがあり、これからもいろんなことがあるであろう副都心線は何だかんだで私はけっこう使わしていただいております。かなり便利なこの路線はやはり必要なものなんです。通勤通学、または出掛けの際の移動手段として、けっこう役に立ちますよ。急行運転は30分以内に和光市から渋谷へ連れて行ってくれるし、私にはやはりこれからも必要不可欠な路線になるのでしょう。

課題研究日誌:資料作成未完

 こんばんは、igeta->hiroponです。今年最終の作業は結局未完で終了してしまいました。年明けには作業再開と共にレビューを済ませなければならないという重荷を背負った状態で年越しとなってしまいました。本日の作業は以下の通りです。

 ・資料の感想と発展・考察事項記入
 ・スタートの画像変更
 ・結合後テスト(ショップ、ポーカー)

 結合後テストをした結果、以下のバグが見つかりました。

 ・16番目以降に登録した情報がデータベース上から抹消される、15番目以前のデータの削除ができない
 ・ポーカーの役判定に多少のミス(カードの組み合わせがしっかり見れていない)

 発表会まで1ヵ月をとうに切りまして、もはや時間がないときに見つかったバグです。これは由々しき問題ですから早急に解決しなければなりません。かつて、ネットワーク対戦型将棋ゲームの発表中のデモンストレーション時に、たった2手くらい指しただけで二歩を決め込むバグが発生しました。そんな恥ずかしい目には遭いたくないですから何としてでもこのバグを直します。

 さて、今年の課題研究日誌は今回をもって配信終了とします。来年は6日より、配信開始します。

課題研究日誌番外編:イエスキリストの誕生日前夜

 こんばんは、igeta->hiroponです。本日は、クリスマスイブ(Christmas Eve)です。ユダヤ教の教えの中から更にキリスト教の教えを説いたイエスキリストの誕生日前夜です。また、サンタさんは今夜、北国より現れ、プレゼントを配り回ります。この記事はイエスではなくサンタ(Santa Claus:サンタクロース)について、少しばかり触れようかと思います。

 サンタクロースのモデルは聖人ニコラス(Saint Nicklaus:セントニコラス)だと言われており、その行い(貧しい家の煙突から金貨を投げ入れた)が現在の行いの言い伝え(煙突より建造物へ侵入しプレゼントを枕元へ置き去る(何か言い回しが怪しげですみません))のモデルになっています。このお話は、私が学校でF選択英語‖(選択制なので選択した40人弱しか知らない事実)で知らされました。その時に、「Is there a Santa Claus?(サンタクロースは居ますか)」という当時8歳の女の子がニューヨーク・サン新聞社に宛てた手紙に対して、1897年9月21日にその返事が社説として掲載されたというお話をやりました。これからのお話はそれについてです。

 その女の子、名前を Virginia O'hanlon(ヴァージニア・オハンロン)と言いますが、友達に、「サンタクロースなんて居ないんだよ」と言われ、からかわれ、父親に相談したら、その父親は新聞社に手紙を出したらとのアドバイスをし、手紙を出すに至ったわけです。

 手紙を受け取った新聞社は早速、一人の記者がその返事を社説として書きますが、簡単にはサンタの存在を肯定する内容になります。しかし、私たちすらもその説得には頷ける内容でした。出だしは次の文で始まります。

 「Virginia, your little friends are wrong.(ヴァージニア、あなたの小さな友達は間違ってます。(サンタ否定は間違っていると言いたいのでしょうか))」

そして、こう続けました。

 「全ての人の心というのは小さなもので、この偉大な宇宙において、理解できるものというのは実にちっぽけなもので、私たちの知性というのは1匹の蟻のようなものなんです。」と。

 教科書は1つの単元をレッスンと称し3つないし4つのパートで構成されています。以上がパート1のお話です。パート2ではいよいよ質問の核心に触れます。

 「Yes, Virginia, there is a Santa Claus. He certainly exists, just as love and generosity and devotion exist. You know that they fill the world and give your life beauty and joy. How dreary the world if there were no Santa Claus! It would be as dreary as if there no Virginias.There would be no childlike innocence then, no poerty, no romance to ease our pain. We should have no enjoyment, except when we feel and see. The light with which childhood fills the world would be extinguished.」

長い文章ですが、要約すると、

 「そうです、ヴァージニア、サンタクロースは居ます。ちょうど、愛や寛大さ、献身があるように。彼は確かに存在します。ご存知の通り、彼らは世界を満たし、あなたたちの人生に美と喜びを与えます。もしこの世にサンタクロースが居なければ、ヴァージニアのようなかわいい子供たちが居ないのと同じくらいわびしいでしょう。サンタクロースが居なければ、私たちの苦しみを和らげる子供らしい純粋さ、詩歌、ロマンスもなくなってしまうでしょう。私たちが見て感じる以外に楽しみを見つけられなくなってしまうでしょう。子供時代が世界をいっぱいに満たしているという光も消えてしまうでしょう。」

となります。パート3では、これまでの流れから一転、現実を突き付けるかの如く話が変わりますが、結論は、見えないからと、それが存在しないという証拠にはなりません、というものになります。

 物語は起承転結、もしくは序破急の構成がよくとられます。パート4では最終結論に持っていきます。結論は、こうです。

 「No Santa Claus! Thank god he lives and lives forever. A thousand years from now, Virginia, no ten times ten thousand years from now, he will countinue to make the heart of childhood glad.」

 訳は

 「サンタクロースが居ないですって!?とんでもない!!嬉しいことに、彼は永遠に生きて、生きて、そして生きているのです。今から1000年先まで、ヴァージニア、いいえ、今から10万年後まで、彼は子供の心を喜ばせに行くことでしょう。」

 となります。

 最後に、

 教科書を学習中に、先生が、「子供の時分には朝起きたら、お菓子だの、おもちゃだの枕元に置いてあって嬉しかった記憶があるでしょう」と話したことをいまだに心の中にしっかりと残っています。その犯人と言ったらかなり変ですが、それは他でもない私たちの父母なんです。私は思いました。

 「つまり信じる信じない以前に私たちすらサンタクロースになりうる可能性を持っている」

 今好きな人がいる人は基より、これから好きな人ができて、結婚し、子供ができたら、その子供に対してサンタクロースを演じると思います。かつて自分がそうしてもらっていたように。私はそうであるのではと思い、考え方ががらりと変わりました。サンタ否定から一転、サンタ肯定に。だって自分がなれば居るのだから否定のしようがないじゃないですか。

 以上でお話は終わりです。夢のあるお話に仕立て上げたかったのですが、どうでしょうか。

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